第1回 上海天地針績服装有限公司 董事長兼総経理 野地義重さん

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野地さんの紹介

野地さんは、単身50歳で中国に進出し、上海市の浦東新区と江蘇省の南通市に工場を立ち上げ、ニットの婦人服を生産し日本へ輸出しています。

中国に進出した理由

野地さんは、もともと二本松市でニット製品をつくる会社を経営していました。しかし、今から18年ほど前、安価な台湾製品や韓国製品が日本に入るようになり、このままコストの高い日本で生産を続けていては会社の生き残る道はないという危機感を持つようになりました。

当時、すでに日本のニット製品の7割は輸入品という状況でしたが、まだ他の同業者たちは危機感を持っておらず、「どうして中国に進出するのか?」と聞かれることがほとんどだったそうです。しかし、野地さんは自分で新聞や雑誌、本を読み、またいろいろな人から話を聞くことで情報を集め、5年先の会社の状況を考えた結果、やはりこの時期に中国に進出するのが最善と考え実行に移しました。

中国での業務展開

1992年に上海の工場を立ち上げた当時、工場周辺には外国人がほとんどいなかったそうです。はじめの5年間は死に物狂いで働いたと振り返ります。今は上海の街中いたるところで目にする日本料理屋も花園飯店と錦江飯店に1軒ずつしかなかったそうです。

その後、工場は軌道に乗り、10年後の2002年には江蘇省の南通にも工場を立ち上げました。現在、上海の工場では195人、南通の工場では135人の従業員が働き、毎月650枚のサンプルと150品目の製品を生産し、年間30万枚のニット製品を生産し日本に輸出しています。

現在、中国に進出して13年が経ちましたが、中国でも競争は日に日に厳しくなり安閑とはしていられない状況だそうです。注文も小ロットとなり、要求される技術のレベルも相当難しいものになっています。また、上海の人件費が上がっているため、将来的には工場の生産拠点も上海から南通に移すことも考えていらっしゃるそうです。

野地さんが中国でビジネスをするために心がけていること

  1. 信用づくり
    やはり外国でも大切なのは人間関係。合弁先とした約束はきちんと守る、発注者に対しては、品質の良いものを、短納期かつ納期厳守で納めるなど、誠意をもって人と接し、それを積み重ねことがやはり大切なのだそうです。 
  2. 人づくり
    野地さんの究極の目標は、野地さんがいなくても利益を出して動いていけるような企業をつくること。そのためには下で働く人間を育てることが必要です。野地さんの考える中国での人づくりの秘訣は、「中国人の気質を理解した上で自分のしてほしいことをきちんと相手に伝えること。」1年しっかり教育をすればすばらしい人材になると話していました。

    一般に中国人は、給与が低いと転職をしてしまうといわれますが、野地さんは、給与以外にも職場環境や仕事に対するやりがいを与えることが大切と考え、これを満たしてあげることで、中国人社員の定着率アップにつなげています。
  3. 日本人総経理に求められること 〜細やかな心配り〜
    中国では、計画経済の名残で「徹底した分業主義」が定着しているように思います。つまり、自分の仕事さえやっていればいいし、仕事も行き当たりばったりでいいといった傾向が見られ、その結果、問題が起こるとすぐに言い訳をするか「没弁法(しかたがない)」といって片付けようとします。しかし、それでは、企業経営はうまくいきません。

    このバラバラになっている分業主義の中国人たちを総合的な立場から目を配り、その隙間を埋め、管理していくことが日本人総経理の勤めであり、またこれを得意とするのが日本人総経理の良さではないかと野地さんは考えています。

2004年12月6日
福島県上海事務所 大島

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