第2回 北芝電機株式会社 大槻 忠さん
大槻さんの紹介

大槻さんは二本松市の出身で、2003年4月に開設した北芝電機株式会社上海事務所の初代所長としてご活躍されております。
中国に進出した理由
大槻さんの勤務する北芝電機では、中国からの安価な部材調達により製品の価格競争力を強化する目的で、その出先として上海市に駐在員事務所を開設しました。
お仕事について
大槻さんのお仕事は、主に中国における新規の調達品や取引先の開拓、メーカーとの価格、納期の直接交渉、調達品の確認です。事務所には大槻さんと中国人スタッフ1名が勤務しており、資材調達の仕事に限定されることなく、事務所の運営管理に関わるあらゆる業務を1人でこなしています。メーカーを訪問する事が多く休日の出張や、夜遅くまで事務所の仕事を整理することがしばしばあるそうです。
苦境からの発想 〜テレビ会議システムの導入〜
2003年4月に中国国内ではSARS(新型肺炎)が流行。そのため、大槻さんは上海に赴任してわずか1週間ばかりで帰国せざるを得なくなりました。それから3ヶ月間は会社から渡航許可が下りず、日本で調達業務を行うしかありませんでした。福島から上海の中国人スタッフに国際電話を掛け業務の指示を出したり、事務所設立の手続きも日本側から行うしか方法がなく、日中間のコミュニケーション手段はメールと電話が頼りでした。その為、それだけでは相手に上手く伝わらないことが多く、苦境に立たされました。なんとか日本に居ながらにして調達活動や事務所の管理が上手くできないかと考え、テレビ会議を使って日本と中国を結ぶことを思いついたそうです。
会社からはすぐに設備導入の承認を得ましたが、中国の回線状況がよく分からず立ち上がるまでは試行錯誤の毎日だったそうです。現在では上の写真にあるようにインターネット回線(光ケーブル)を利用した通信環境が整い、日本と中国が結ばれております。
テレビ会議の導入には費用も掛かりましたが、立ち上がってしまえば国際電話の料金と比べ、毎月の通信費も安く済み投資費用は回収できているとのことです。また、テレビを通すことで『Face to Face』(顔と顔)でコミュニケーションが図れ中国メーカーを事務所に招いて日本の技術者と直接仕様の確認や技術指導を行うことで結論がその場で出せるようになり、納期の確保や品質の向上といったメリットも生まれました。さらに本社と日常の業務連絡をテレビ会議を通じて行っているため、大槻さん曰く、「毎日TVを通して職場の同僚達と話しをしているので、日本に帰っても少しも懐かしさが感じられない」と冗談交じりに話していました。
大槻さんがこれまで2年間の中国での仕事、生活で感じたこと
- 「郷においては、郷に慣れろ」
大槻さんは、今回の上海駐在が初めての海外経験だそうです。赴任当初は中国語も全くわからず、常にペンとメモ帳を持ち歩き、日常生活の中から必要な言葉を学び取ったそうです。中国に来た当初は、日本と比較ばかりしていたので不満ばかりが湧いてきましたが、発想を切り替え、中国を理解しようと見方を変えることによって、中国のいい面が見えてくるようになったそうです。「郷に従う」という受動的なイメージではなく、自ら積極的に適応していくというイメージが「郷に慣れろ」という言葉に表れています。 - 中国は人脈の国
中国は人脈の国。だからこそ、人を大切にすることが重要です。はじめはそっけない態度をされても、自ら足を運び、回を重ねて会いに行けば行くほど相手からも信頼され、本当に困った時にも力になってもらえるということを実感しています。やはり、中国では中国のやり方に慣れることが需要です。 - 三現主義を貫く
「現場」に出向き、「現物」を見て、「現実」を知ることが、中国のビジネスでは特に重要だと考えます。このように自らの足で稼ぎ五感で感じた情報が、中国ビジネスにおけるリスクを可能な限り回避し的確な意思決定をするための重要な手がかりになるのだと思います。
2005年4月6日
福島県上海事務所 大島

