第3回 精工時計貿易(上海)有限公司 池 章さん

池さんの紹介

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池さんは福島市の出身。1986年福島東高校を卒業後、北京に7年間留学。その後、(株)服部セイコー(現セイコー株式会社)に入社し、現在は精工時計貿易(上海)有限公司に勤務しています。

池さんと中国の関わり

池さんは、高校3年の時に中国への留学を決意しました。当時の留学といえば欧米が主流でしたが、高校の先輩が北京に留学していたことや、「他の日本人が話せない言葉を話せるようになりたい。中国語であれば世界の4人に1人と話しができるだろう。」という動機から留学先として北京を選んだそうです。北京語言学院で2年間中国語を学習した後、日本の政府系機関の北京事務所で働きながら北京大学で5年間(1988〜1993年)国際政治を学び、卒業後は、これから本格的に中国ビジネスを展開していこうとしている日本企業に絞って就職活動を行ってセイコーに就職。その後の中国事業の即戦力として、数々の事業に立ち上げから携わってきたそうです。

今のお仕事について

池さんは、2004年4月から上海市に駐在し、中国各地におけるSEIKOブランドの時計の販売や新規店舗の開拓などの業務を行っています。取引先は中国全土に拡がっており、出張で全国各地を駆け回っているそうです。また、出張先ではその都市・市民の状況や街中の店舗を詳細に視察し、常に「脚で稼ぐ」マーケティングを実践しているそうです。

中国ビジネスを考えるヒント

これまで留学の時期も含め中国との付き合いが約20年に及ぶ池さんからいくつか中国ビジネスを考えるヒントを伺いました。

  1. 「90年代の投資と最近の投資の違い」
    (池)セイコーは、1994年より本格的に独自の中国ビジネスを展開し始めました。当時の中国は、外国企業の参入に対して規制も多く、進出する企業は事前の周到な準備を行う必要がありました。そのおかげでこの時期に進出した企業は、「リスクとして想定される範囲」が広い分、かえって不安要因は少なかったのではないかと思います。

    ところが、中国のWTO加盟後の規制緩和、更には北京オリンピック及び上海万博の開催決定をキッカケに昨今の状況は一変し、今や空前の中国投資ブームとなっています。また一方では、企業が生き残りをかけ「最後の切り札」として中国へ進出してくるケースも散見されます。このような最近の傾向は、簡素化された中国の外資導入制度の後押しも手伝い、「比較的容易な」或いは「急ピッチな」投資を生み出し続けているように感じます。
    今の中国は、インフラや生活環境が格段に向上し、特に上海では、海外にいながら日本と何ら変わらない生活ができるようになりました。けれども中国はあくまで「外国」ですから、比較的短期間で進出できたとしても、その後の企業運営の中で、常に「海外でビジネスを行うという基本と想定される全てのリスク管理」を忘れないよう、相応の準備と体制を取り続けることが、中国ビジネス成功の鍵であることには変わりがないと考えます。他の国も同様ではないでしょうか。
  2. 「中国はビジネスの国だが、それ以上に政治の国である」
    (池)あくまで私見ですが、今の日中関係は「政冷経熱」などと言われ、いかにも政治と経済を分けて考え、そして進んでいるかのような錯覚に陥ります。しかしながら中国はあくまで社会主義国家であり、日本とは全く違う政治体制・思想・理論の中で方針が決定されます。ですから中国は「政経不可分」だと思います。このような「政冷経熱」の状況下で経済活動を進めていくこと自体リスキーであり、ひとたび政治関係が悪化すれば経済活動も阻害される可能性は容易に想像できます。よって、日中間の経済活動だけが先行して、どんなに活発化しようとも、常に政治関係の「流れ」をあらかじめ企業活動のリスクとして織り込んでおくことが肝要だと思うのです。ということは、4月の反日デモといったことも「上海リスク」では決してなく、「通常のリスク」なのではないでしょうか。
  3. 「『忘れない』こと、『思い出させない』こと」
    (池)日々の仕事・生活の中で多くの中国人と接しています。ご承知のように、中国人と良好な関係を築けなければ中国での円滑なビジネスはできません。一般に、中国人との関係において「コネ」や「面子」が大切だと言われています。しかし、両国国民が付き合っていくためには、それ以上に基本になることがあると考えています。

    それは、日中間の戦争について自分自身が「忘れない」こと、もうひとつは相手に「思い出させない」ことです。現状の不安定な両国関係の原因は、日本人が中国人に戦争を「忘れた」と思われ、中国人が戦争を「思い出してしまった」からです。日本と中国は直近で戦争をした国です。終戦から今年でちょうど60年が経過しますが、4000年もの悠久の歴史をもつ中国にとっては、まだ最近のことなのかもしれません。戦争があったことは事実であり、今から変えようとしても変えられることではありません。でも、それほど構えて考える必要はないと思うのです。普段の中国人との付き合い中で自分は「忘れない」ことと彼らに「思い出させない」ことを頭の片隅に留めておけばそれで十分です。よく言われますが、日系企業が設立記念式典を行う時に日中戦争の節目となった日を避けるということも、戦争について「忘れない」ことの表れとなり、「思い出させない」ことにもつながります。

    日中の交流が盛んになる今、特にビジネスの現場においては日本人も中国人も安定的かつ紳士的な交流が必要だと考えています。しかし、一方で中国人は過去の戦争について非常に敏感です。たとえビジネスの場であっても、日本人が戦争を忘れるということも、中国人に戦争を思い出させることも、即関係の悪化につながります。日本人も中国人も戦争について暗黙の距離感を保ったいわば大人の関係であり続けることが、ビジネスであれ、個人であれ、国家レベルであれ、将来の関係を発展させるための絶対必要条件と考えます。戦争という難しい問題があるからこそ、お互い相手側への配慮が必要なのです。

2005年4月21日

福島県上海事務所 大島

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