第4回 上海山本電気有限公司 遠藤 都之さん

遠藤さんの紹介

遠藤さんは生まれも育ちも須賀川市の根っからの福島人です。会社の上海工場立ち上げプロジェクトチームの一員として1995年に49歳で上海市に赴任。以後11年間上海市に駐在し、工場を切り盛りする現場責任者として活躍されています。また、上海福島県人会は1998年に発足しましたが、現会員の中で、発足当初から在籍している唯一の会員でもあります。

中国に進出した理由

遠藤さんの勤務する山本電気では、ミシンや掃除機、自動車用の中小型モータの生産をしています。山本電気は、上海に進出する前に、台湾に進出していましたが、今後の展開を考えた時、会長が「アジアの情報は上海に集まる」と判断したことから、生産拠点として上海にも工場を開設しました。

これまでの11年間の上海生活を振り返って

遠藤さんの上海でのこれまでのお仕事、生活についてお話をお伺いしたところ、やはり工場立ち上げ当初の頃が一番苦労も多く、一番印象深いそうです。

遠藤さんが、上海に来たばかりの1995年当時、工場のある九亭鎮は郊外の片田舎にすぎず一面畑が広がり、会う人会う人に「遠藤さんが生まれてはじめてみる外国人だ」と言われ好奇のまなざしで見られたそうです。
工場立ち上げの時は、プロジェクトチームとして日本人社員3人で準備にあたりましたが、遠藤さんが命じられたのは「対外交渉」で、政府関係機関との交渉をはじめ、スタッフの採用、その他の諸手続きに日々奔走されたそうです。

遠藤さんにとって初めての中国。言葉も通じず、会社としても初めての中国進出で、中国で工場をつくるために何をしたらよいのかもさっぱり分からない。一方で会社の指定する期日までに工場は完成させなければならない。そんなプレッシャーを感じながら、必死に手探りでかつ体当たりで準備を進めたそうです。工場を設立する手続きについては、取引先の銀行のほか、先に上海に来ていた日本人と知り合いになり教えてもらうことも多かったそうです。
その後、工場の開設にこぎつけるまではさらに苦労の連続だったそうです。貿易のしくみも分からず、工場の開設のために日本から送った荷物が、「書類が足りない」との理由で、上海港で止められてしまいなかなか受け取ることができなかったり、工場の建物が完成しているにも関わらず送電してもらえず、工場の開所がずるずると先延ばしされたりなど、挙げればきりがありません。しかし、1995年11月に電気がくるようになり工場が無事に開設までこぎつけた時は、日本人スタッフからも中国人スタッフからも歓声があがったそうです。

続いて、工場が開設してからの1年間は引き続き「もぐらたたきのような1年間」だったそうです。毎日、トラブルの連続で、問題を一つ解決できたかと思うと、また別な問題が発生し、ストレスのため胃薬が手放せない日々が続いたそうです。しかし、1年も経つと一通りの問題は発生し、また問題に対する対処法もわかるようになってくるようになったそうです。

その後、上海工場の生みの親である遠藤さんは、育ての親としてこれまで11年間上海工場の運営のためご尽力されていらっしゃいます。

余談になりますが、2004年に福島県が上海事務所を立ち上げた時に、真っ先に事務所に駆けつけてくださり応援のエールを送ってくださったのが遠藤さんでした。この時の遠藤さんの温かな心遣いと「ズーズー弁」が私たちにとってどれだけ嬉しかったか計り知れません。遠藤さんは、とても温かい人柄の方ですが、きっとこのようなご苦労をされてきたことも、人と人とのお付き合いを大切にされている一因のように感じられました。

遠藤さんがこれまでの経験から学び取った中国での仕事のコツ

このようなご苦労を重ねてきた遠藤さんが、これまでの上海でのお仕事の中での試行錯誤を通じ、学び取り、心がけるようになったコツを2つご紹介します。

  1. 中国のよいところを認め、足りないところを日本式で補う
    まず、中国で仕事をしてきて感じることは、仕事のやり方一つをとっても、中国のやり方と、日本のやり方は異なるということです。ただ、いずれのやり方もそれぞれの国で長い歴史と知恵の積み重ねとして培われてきたものであり、それぞれ良い面を持っています


    例えば、中国のやり方の良いところは、意思決定や行動のスピードが速いこと。日本のやり方の良いところは、1つ1つの事柄について正面から真面目に取り組ことだそうです。

    中国における日系企業の日本人駐在員の役割は、企業が最善の結果を出すために、その結果から出発して、客観的に、中国式のやり方と日本式のやり方をどのように組み合わせればいいかを判断し、それを上手に使い分けて会社を運営していくことです。それをどのように使い分けるかについては、やはり自らの経験から学んでいくしかないそうです。

    遠藤さんの取るスタンスとしては、基本的に中国に来て、多くの中国人の従業員を使って仕事をする場合、まずは中国の良いところを認めて活かし、そこで足りないところを日本のやり方で補うというのが一番よいやり方なのではないかとお話になっていました。日系企業であっても、中国で運営していく以上、中国の流れ、習慣に乗ることも必要なのだそうです。
  2. 中国人と日本人の溝をつくらないこと
    中国の地で、多くの中国人のスタッフを使って仕事をしている以上、いかに中国人と日本人との間の敷居を低くして、中国人のスタッフにもやる気をもってやってもらうかが重要です。例えば、意思決定の過程に中国人のスタッフが全く参加をせず、日本人だけで決めたことを、そのまま中国人スタッフにやらせれば、中国人スタッフはやる気をなくし反感さえ覚えるようになります。

    よって、遠藤さんは、日本人スタッフだけで決めてしまったほうが楽にスムーズに進められるような仕事も、まずは中国人スタッフにやらせてみて、分からない時は日本人スタッフが相談に応じるというスタンスを取っているそうです。そうすることで中国人スタッフが育ってゆき、日本人スタッフがいなくても仕事ができるようになります。最終的には、中国の仕事は、中国人スタッフが中心となってやるべきであり、そのほうが中国人スタッフも気分よく、やる気を持って仕事をしてくれるそうです。

2005年9月9日
福島県上海事務所 大島

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