駐在員雑感(第6回) 「華南地区のエネルギー」

1月末に広州市、深圳市に出張した。私にとってはじめて訪れる華南地区である。
2003年と2004年に福島である講演会に参加した際、講師が「世界で一番熱く活気のあるところは華南地区」と語っていた。私にとっては是非とも自分の足でかの地を踏みしめたいと思っており、3年来の念願がかなったのである。しかし残念ながら東莞市を訪問する時間がなかったことが少々悔やまれる。
期待に胸膨らませて訪れた華南地区。そこは、春節前であったこともあり、上海とはひと味もふた味も違った雰囲気があった。特に深圳の街は外見こそ上海の街とあまり変わらないような高層ビルが立ち並び、一見都会的ではあるが、なんとなく雑然とした感じがした。中国語で言えば「乱七八糟」というイメージであり、上海の街がとっても整然としているようにすら感じられた。

この「乱七八糟」を象徴する光景に出会うことができたのはやはり夜であった。
深圳でも高級デパートといわれる店舗の前の通りが屋台街になっていたのである。
あのルイヴィトン、カルティエの店舗が入っている高級デパートの前の道路に、露天が50軒以上並び、多くの人々が深夜であるにもかかわらず、道路や簡易な椅子に座り、スープや点心を食べている。ごみは捨て放題、道路にはひまわりの種の食べかすが散乱していた。なんともいえないコントラストである。まさに「乱七八糟」。
深圳市は人口が約700万人。そのほとんどが深圳市以外からの移住者である。1979年改革開放政策により一番早く経済特区に指定され、中国全国からこの地に多くの人が移り住んできた。このエネルギーはたいへんなものであると感じた。

翌日私はかねてから訪れたいと思っていた「日技城」深圳テクノセンターを訪問した。深圳の中心部から車で約1時間のところにある。かつて新聞紙上で問題となった経緯はあるものの、まさにそこは、「中小企業の駆け込み寺」として機能している場所である。
複数の中小企業がテナントとしてスペース貸しのビルに同居している工業団地である。通関業務の代行や従業員の募集採用管理等は、すべてこのテクノセンターが行ってくれる。入居の企業は人と生産設備さえ準備すればすぐにでも生産ができる体制が整っている。日本の中小企業にとってはたいへん心強い見方である。
私はここで働く工員さんたちにも少々興味を持っていた。話によると四川省や湖南省から、「深圳ルック」といわれる格好で深圳を目指すというのである。

「深圳ルック」とは、青いプラスティックのバケツひとつだけが荷物。この中に、洗濯のための洗剤や下着等を入れて、深圳を目指す人たちのいでたちのことだと聞いた。
こんなことが本当にあるのかと、かねがね疑問に思っていたので担当者に直接尋ねたところ、確かに5、6年前はそういう人たちがいたが今ではほとんどいないという。
変化の激しい中国。5年前のことは遠い昔話になっていた。

また、最近では、これらの工員の確保もかつてより困難になっているという。
農村への優遇政策により、税率の軽減が行われ農村の所得が上昇していること。工賃の高い華東地区へ工員が流れていること。一人っ子のため家族が地元に残ることを希望し、出稼ぎに同意しないことと等が原因にあるという。さらに、企業経営者の話によると、最近の工員は残業を好まなくなり、休みを要求するように変わって来たという。かって深圳の工員たちは進んで残業を行い年間3,000時間も働いたそうであるが、最近は少々様変わりのようだ。

中国の時間の流れはとても速い。やはり実際に現場に出向き、そこで働いている人たちの話を聞くこと、現場主義の重要性を痛感した。

上海周辺への日系企業の進出が大きくクローズアップされている昨今ではあるが、「世界で一番熱く活気のある地区のひとつが華南地区」というのは、現在も言えるのではないかと感じた。

2005年2月1日
福島県上海事務所 安達和久