駐在員雑感(第3回) 「日本人は几帳面すぎるか」

「日本人は几帳面すぎるのか?」「日本のサービスは過剰なのか?」最近上海で生活していてよく考えさせられる。

先日とある福島県からの建設関係のミッション団に同行し、上海のとなり蘇州市郊外の工場を訪れた。
上海からは高速道路が整備され、通常なら約1時間で行くことができる。
しかし現在片側2車線の高速を片側4車線への拡幅工事が行われており、蘇州市付近の高速道路は一部片側の2車線のみを利用しての対面通行となっており渋滞が激しい。この高速道路で私は生まれて初めて、インターチェンジで出口がないという現象に遭遇した。

私たちは、蘇州市の手前の蘇州新区というインターで高速を降りるはずであった。しかし工事の影響で、下り(上海から蘇州へ向かう方向)車線から蘇州新区へ降りる出口が塞がれており、降りられなくなっていたのである。上りの車線(蘇州から上海へ向かう方向)からは降りることができるが下りの車線には出口がないのである。それで私たちは、わざわざ10K先の次のインターまで行き、上りの車線に入り直し、蘇州新区までもどり高速を下りたのである。 通常工事を行うときは、取付け道路や仮設の出入口を設置し、わかりやすいように案内板を提示するのか普通であると思っていた。しかし、案内板どころか出口がないのである。日本では有り得ない事である。誰も文句を言わないのだろうか?

それから、中国人はよく「没問題」という言葉を使用する。意味は読んで字の如し、「問題ない」という意味であるが、中国人の「没問題」ほど「有問題」(問題あり。)なことはない。ある人の話であるが、ズボンを直したら、丈が少々あわなかったので再度手直しをするように話したところ、店員はこれくらいなら「没問題」だと主張して自分の非を認めないという。これは、店員が言う事ではない。客が判断することである。勝手に判断して「没問題」と言わないでほしいと感じたのは私だけだろうか。

さらに、時間に対する感覚もおおざっぱである。20分、30分は平気で遅刻する。しかも何の連絡もない。交通渋滞だから「没方法」(しかたがない。)。それですべてが済んでします。確かに上海の交通渋滞は日増しにひどくなっているのは事実である。しかし私の感覚ではまったく考えられない。遅れるなら連絡ぐらいよこせ!と叫びたい。

高速道路しかり、ズボンしかり、遅刻しかり、「没問題」「没方法」これですべてが済んでしまう感覚を私はどうも許せない。私は日本にいた時、几帳面だと言われたことは一度もないし、自分で思ったこともない。しかし、こちらでは、「几帳面は日本人」と思われているのだろう。

2004年11月18日
福島県上海事務所 安達和久