駐在員雑感(第48回)「新しい魔都」

このたび、4年の任期を終え日本に帰国することになりました。赴任した頃を思い出そうとしましたが、なかなか思い出せず、なぜか遠い昔のような気がしてなりません。
私は、第1回の駐在員雑感で、赴任当時の上海が1920年代の「魔都」と呼ばれた頃の上海と似ているのではないかと紹介したことがありました。外国からの投資、貿易が日増しに増え、破竹の勢いで成長路線を突き進む上海が、どこか物の本で読んだ1920年代の西洋列強が中国大陸での利権を手に入れるために、我先にと中国に進出し、植民地支配を強めていった時期の上海、また、あらゆる種類の人々が世界中から集まり必死に生きる道を見つけようとしていた時代の上海と重なって映ったのかもしれません。
当時も、現在と同じように非常に多くの日本人が生活していたという記録もあったようで、今も昔も日本と上海のつながりは強いようです。

私がいつも「1920年代の上海」と「現在の上海」を比べてしまうのは、常に身近にその時代を感じさせる建築物や街並みが存在するからかもしれません。先日も、帰国が間近になったので、家族と久しぶりにかつてのイギリス租界「外灘(バンド)」に行きました。そこには、まぎれもなく20世紀初頭に建てられた建築物が隠然と残っており、どうしても当時の「魔都」を思い出さずにはいられませんでした。

 さて、私をそんな気持ちにさせる歴史的建造物も、最近は老朽化が進み、改築、改装が行われることが多くなっているようです。
2008年3月には蘇州河にかかり、バンドと旧日本人租界地の虹口地区をつなぐ「外白渡橋」が大規模工事のため、通行止めになりました。この橋は、1907年に完成した鉄橋で、上海の100年の歴史を見守り続けてきた橋でもあります。
また、2007年3月からは「和平飯店」の全面改修が始まりました。このホテルは、1929年に、アヘンや不動産などで巨万の富を築いたユダヤ系サッスーン一族によって建てられたもので、当初はサッスーンハウスと呼ばれていました。今回アジア一流のホテルを目指して改装され、2009年3月にはリニューアルオープン予定のようです。
さらに、南京路にある第一百貨店は、2008年春節以降、外観はそのままに、内部のみ改装され、2009年には新規オープンする予定です。中国人による設計で、1934年に建築され、当時最先端のアール・デコ様式を取り入れた建築です。
一方、浦東地区には、全く新しいビルの建設も進んでいます。 101階建て、高さ492mの世界最高となる超高層複合ビル『上海環球金融中心(Shanghai World Financial Center)』は完成が間近に迫っています。完成するとマレーシアのペトロナスツインタワー(452m)を抜いて世界一の超高層ビルになるそうです。 このように、街並みは、2010年の上海万博に向けて大きく生まれ変わろうとしています。 100年前の建物をリニューアルさせ活用し、一方では最新の超高層建築物の建設が急ピッチで進んでいます。

まさに上海は、「新旧が、秩序なく、雑然と混在する街」といったところでしょうか。
上海は、街並みという外見だけではなく、世界中からあらゆる人々、あらゆる商品・考え方、通貨、流行などを吸引する力を有し、それにアレルギー反応を起さず、すべてをゆっくりと消化できる内面的な潜在力、魅力を持ち続けている街でもあると思います。今後歴史を積み重ね「新しい魔都」へと進化し続けることでしょう。

これまで、4年にわたり掲載いたしました「駐在員雑感」は、今回で終了させていただきます。長い間お世話になり、ありがとうございました。

2008年3月29日
福島県上海事務所 安達和久